大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和53年(ワ)9518号 判決 1979年7月12日

原告 甲野太郎

被告 国

右代表者法務大臣 古井喜實

右指定代理人 藤村啓

同 石塚欣司

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金五〇万円及びこれに対する昭和五三年一〇月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨の判決

2  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、日本弁護士連合会(以下「日弁連」と略称する。)に備付けの弁護士名簿に登録された東京弁護士会所属の弁護士であるところ、昭和五〇年一一月八日同弁護士会から退会命令の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)を受け、同月一二日その告知を受けた者である。原告は、右懲戒処分につき、日弁連に行政不服審査法による審査請求をなしたが、昭和五二年二月二四日日弁連から右審査請求を棄却する裁決を受け、さらにこれを不服として東京高等裁判所に右裁決の取消を求める訴を提起(同庁同年(行ケ)第六七号)し、右事件は現在同裁判所に係属中である。しかして、本件懲戒処分について行政不服審査法三四条又は行政事件訴訟法二五条所定の執行停止はいずれもなされていない。

2  ところで、原告は、乙山二郎(以下「乙山」という。)から大森簡易裁判所(以下「大森簡裁」と略称する。)に係属中の同人に対する窃盗被告事件(同庁昭和四九年(ろ)第四六八号、以下「大森簡裁事件」という。)について弁護人に選任されていたところ、乙山は、さらに、同人に対する窃盗未遂被告事件について豊島簡易裁判所(以下「豊島簡裁」と略称する。)に公訴の提起(同庁昭和五二年(ろ)第四一一号、以下「豊島簡裁事件」という。)を受けるにいたった。なお、原告は、右豊島簡裁事件について公訴提起前の昭和五二年八月二五日乙山と連署した同月二四日付弁護人選任書を豊島区検察庁の担当検察官に差し出している。

3  かくして、原告は、乙山の弁護人として、同年九月一四日豊島簡裁に対し豊島簡裁事件を大森簡裁事件に併合審判されたい旨の申立をなしたところ、豊島簡裁裁判官新村武十郎(以下「新村裁判官」という。)は、同年一〇月一五日右申立を却下する決定(以下「本件決定」という。)をなし、同決定謄本がそのころ乙山に送達された。同決定書には、右申立を却下する理由として、「本件併合審判の請求は、その請求者である原告が豊島簡裁事件につき弁護人であるとしてなされたものであるから、この点について検討する。刑事訴訟法三一条一項によれば、弁護人は弁護士の中からこれを選任しなければならないし、また、同法三二条一項によれば、公訴提起前にした弁護人の選任は第一審においてもその効力を有する。ところで、本件公訴の提起と同時に検察官から豊島簡裁に差し出された昭和五二年八月二五日豊島区検察庁の受付にかかる同月二四日付の同検察庁宛の乙山と原告とが連署している弁護人選任書によると、乙山が原告を弁護士であるとしてこれを弁護人に選任していることが認められる。しかし、日弁連事務総長作成の回答書等によると、原告は、日弁連に備付けられている弁護士名簿に登録されているが、昭和五〇年一一月八日その所属していた東京弁護士会から本件懲戒処分を受け、同月一二日その告知を受けたこと及びこの処分につき行政不服審査法三四条又は行政事件訴訟法二五条に基づく執行停止がなされていないことが認められ、これによると原告は、右懲戒処分により弁護士としての身分を失うにいたり、右弁護人選任の当時既に弁護士でなかったものであるというべきである。してみると、これを弁護士であるとしてなした右弁護人の選任は第一審である豊島簡裁においてその効力を有しないものである。以上によると、原告は豊島簡裁事件につき弁護人の資格を有しないので、これを弁護人であるとしてなした本件併合審判の請求は不適法である。」旨記載されている。

4  ところで、新村裁判官のなした本件決定は、次に掲げる(一)ないし(四)のいずれかの事由により、原告に対して故意又は過失によりなした違法な公権力の行使(不法行為)に該るものである。

(一) 第一の事由(以下「第一の事由」という。)

原告は、昭和五二年一〇月七日乙山の保釈の件で豊島簡裁の勾留係裁判官川上喬市(以下「川上裁判官」という。)に面会したが、その際本件懲戒処分の話題が出て、結局、原告は、同裁判官に対し、以後、乙山の刑事弁護を豊島簡裁で担当することを遠慮し、乙山の弁護人として申立てた前記併合審判の申立を口頭で撤回し、その代わり、乙山本人名義の併合審判申立書を新たに提出する旨約束した。そして、原告は、右約束に基づき、同月一一日豊島簡裁に対し乙山本人名義の併合審判申立書を提出した。

然るに、新村裁判官は右事実を故意に無視し、又は法律専門家として重大な過失により看過し、既に正式に取下又は撤回された原告が乙山の弁護人として申立てた前記併合審判申立につき判断を加えたうえ、乙山に対し本件決定謄本まで送達しているのであって、これが違法な公権力の行使に該ることは明らかである。

(二) 第二の事由(以下「第二の事由」という。)

およそ裁判官が決定をなすについては独立機関として公正に事実の取調をなすべき義務があるにもかかわらず、新村裁判官はこれに違背し、本件決定をなすにあたり、前記裁決取消訴訟の一方の当事者に過ぎない日弁連に対して原告の身分(日弁連備付けの弁護士名簿の登録の有無等)につき照会し、かつこれについての日弁連の回答を鵜呑みにした過誤が存する。

(三) 第三の事由(以下「第三の事由」という。)

最高裁判所昭和四三年六月二一日第二小法廷判決(民集二二巻六号一二九七頁)は、「訴訟代理人である弁護士は、弁護士の登録取消となった日以後非弁護士として訴訟代理人たる地位を失ったものというべきであるから、同人に対して同日以後された訴訟行為は無効である。」旨判示しており、これによると、弁護士としての身分又は資格の喪失は、日弁連備付けの弁護士名簿の登録取消により生ずるものというべきである。そして、弁護士法の規定、特に同法一七条で「日弁連は、弁護士について退会命令が確定したときは、弁護士名簿の登録を取消さなければならない。」旨規定していることをも併せ考えると、弁護士が所属弁護士会から退会命令の懲戒処分の告知を受けた場合であっても、右懲戒処分が未だ確定しない間は日弁連において弁護士名簿の登録を取消すことが許されず、従って、当該弁護士が、その間、弁護士としての身分又は資格を保持しているものであることは自明の理である。しかして、原告に対する本件懲戒処分が未だ確定していないことは前記1に記載したところから明らかであり、従って、原告は現在に至るまで弁護士としての身分又は資格を保持しているのである。

然るに、新村裁判官は、前記3に記載したとおり、本件決定の理由中において、原告が昭和五〇年一一月一二日本件懲戒処分の告知を受け、しかも右懲戒処分につき執行停止がなされていないことを理由に原告が弁護士としての身分又は資格を失うにいたった旨判断しているのであって、右判断は、法律専門家として前掲最高裁判所判例及び弁護士法の規定を無視した初歩的かつ重大な過失というべきである。

(四) 第四の事由(以下「第四の事由」という。)

乙山の如き刑事被告人に対しては裁判官として慎重に対処すべき義務があるにもかかわらず、新村裁判官はこれに違背し、裁判官として採るべき他の方法(前記4(一)に記載したとおり、川上裁判官の如く原告と話し合って乙山の刑事弁護から手を引くように勧める方法)を選択せずに漫然本件決定をなし、しかもその理由中には、乙山をして刺激せしめ又は悪意を抱かしめるような内容を記載し、かつ乙山とは何の関係もない理由をもって却下の理由の全部とする重大な過失をおかしたのみならず、右決定の時点でその四日前に既に申立てられていた乙山本人名義の前記併合審判申立については決定することなくそのまま放置した重大な過誤が存する。

5  原告は、新村裁判官の前記不法行為により、以下に述べるような精神的損害を蒙るにいたった。即ち、まず、原告は、弁護士としての身分又は資格を依然として保持しているものであるにもかかわらず、本件決定の理由中において右身分又は資格を喪失したものと決めつけられたことにより、さらには、右決定謄本の送達を受けた乙山が、右決定理由を利用して自分に対する裁判所の同情を得ようと企て、昭和五二年一一月警視庁石神井警察署に宛てて「原告は弁護士でないのに弁護士を装い、また弁護士活動ができるように装って乙山を欺き、事件の弁護を引受け、刑事事件手数料名下に金二八万円を受取り騙取した。」旨虚構の事実をもって原告を詐欺罪で告訴し、同時に朝日新聞社等に訴え出たため、同新聞紙上に「“無資格弁護”で手数料、留置場から『詐欺』の訴え」との見出しで掲載されるにいたったことにより、原告はその人格権ないし名誉権を著しく侵害された。そして、新村裁判官は、法律専門家として、前記不法行為に起因して原告が叙上の精神的損害を蒙る可能性のあることを予見し、又は予見し得たものである。

しかして、原告の蒙った右精神的損害に対する慰藉料としては金一〇〇万円をもって相当とする。

6  よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、右慰藉料の一部請求として金五〇万円及びこれに対する前記不法行為の日の後である昭和五三年一〇月五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。但し、原告が現在も東京弁護士会所属の弁護士であるとの点は否認する。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4の事実及び主張中、原告が昭和五二年一〇月七日乙山の保釈の件で豊島簡裁の勾留係裁判官川上喬市に面会し、その際本件懲戒処分の話題が出て、原告において乙山本人名義の併合審判申立書を提出するような発言があったこと、原告が同月一一日豊島簡裁に対し乙山本人名義の併合審判申立書を提出したこと、原告が乙山の弁護人として申立てた併合審判申立につき新村裁判官が判断を加えたこと、乙山に対し本件決定謄本が送達されていること、新村裁判官が本件決定をなすにあたり裁決取消訴訟の一方の当事者である日弁連に対して原告の身分(日弁連備付けの弁護士名簿の登録の有無等)につき照会したこと、原告に対する本件懲戒処分が未だ確定していないこと、新村裁判官が本件決定の理由中において原告主張のとおりの判断をしていること、右決定の時点でその四日前に既に申立てられていた乙山本人名義の併合審判申立については決定していないことはいずれも認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

原告は、弁護士法一七条を根拠に、弁護士が所属弁護士会から退会命令の懲戒処分の告知を受けた場合であっても、弁護士としての身分又は資格の喪失は右懲戒処分が確定し弁護士名簿の登録を取消されることによって始めて生ずる旨主張するが、明らかに失当というべきである。即ち、弁護士会の行なう懲戒処分は広い意味での行政処分と解すべきであり、告知によってその効力を生ずるものである。そして、弁護士法一七条は、弁護士名簿の登録に関する日弁連の事務処理について、登録を取消さなければならない場合を明示するとともに、弁護士の使命及び職務の重要性に鑑み、退会命令等の処分があっても、それが確定し、もはや争いの余地がなくなった後でなければ登録の取消をさせないように配慮した趣旨の規定に過ぎないと解すべきであり、右登録の取消は退会命令処分の効力発生要件ではなく、単に弁護士としての身分又は資格の喪失を証明する手続に過ぎないのである(最高裁判所昭和四二年九月二七日大法廷判決・民集二一巻七号一九五五頁以下参照)。なお、原告が請求原因4(三)においてその主張の根拠として引用する最高裁判所判決は、訴訟代理人である弁護士の登録取消後同人に対してなされた訴訟行為の効力に関するものであって、懲戒処分の効力発生時期について判断したものではなく、原告の主張を裏付けるものではない。以上のとおりであるから、原告は昭和五〇年一一月一二日本件懲戒処分の告知を受けたことによって弁護士としての身分又は資格を喪失しており、かつ右懲戒処分の執行停止はなされていないのである。従って、これを前提として行なった新村裁判官の本件決定には何らの違法もなく、原告の主張は全く理由のない失当なものというべきである。

5  請求原因5の事実は不知、主張は争う。

6  請求原因6は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3の各事実(但し、請求原因1のうち、原告が現在も東京弁護士会所属の弁護士であるとの点は除く。)は当事者間に争いがない。

二  ところで、原告は、新村裁判官のなした本件決定は、原告に対して故意又は過失によりなした違法な公権力の行使(不法行為)に該り、その根拠は第一ないし第四の各事由のとおりである旨主張するので、右各事由について逐次検討する。

1  第一の事由について

原告が昭和五二年一〇月七日乙山の保釈の件で豊島簡裁の勾留係裁判官である川上裁判官に面会し、その際本件懲戒処分の話題が出て、原告において乙山本人名義の併合審判申立書を提出するような発言があったこと、原告が同月一一日豊島簡裁に対し乙山本人名義の併合審判申立書を提出したこと、原告が乙山の弁護人として申立てた併合審判申立につき新村裁判官がこれを却下する旨の本件決定をなし、乙山に対し同決定謄本が送達されていること、以上の事実は当事者間に争いがない。

原告は、原告が乙山の弁護人として申立てた併合審判申立は川上裁判官に面会した際口頭で撤回した旨主張する。しかしながら、刑事訴訟法八条に規定する関連事件の併合審判申立は、当該事件が係属する裁判所に対してこれをなすべきことは右規定の上から明らかであり、従って、その撤回も右裁判所に対してなすべきものであることはいうまでもない。もっとも、同法二八〇条は、勾留係裁判官が勾留に関する処分に関し裁判所と同一の権限を有する旨規定しているが、前記併合審判申立に対する決定が右勾留に関する処分といえないことは明らかである。そうすると、豊島簡裁の勾留係裁判官であった川上裁判官に対し併合審判申立の撤回を適法かつ有効になし得ないものというべきである。のみならず、刑事訴訟規則二九六条によると、裁判所に対する申立その他の申述は書面又は口頭でこれをすることができるが、口頭による申述は裁判所書記官の面前でこれをしなければならず、この場合には、裁判所書記官は調書を作らなければならないものとされている。然るに、成立に争いのない甲第四四号証(豊島簡裁に対する乙山本人名義の併合審判申立書)には原告が乙山の弁護人として申立てた併合審判申立を取下又は撤回する旨の記載は全くなく、また、同取下又は撤回が裁判所書記官の面前でなされ、これにつき裁判所書記官が調書を作成したとの点については何らの主張も立証もない。そして、他に右規定に沿った適式かつ有効な取下又は撤回がなされたことを窺える証拠は見当たらない。してみれば、原告の右主張はいずれの点からみても失当というべきである。

されば、原告の右主張を前提とする第一の事由は、その余の点につき検討するまでもなく、採用の余地がない。

2  第二の事由について

新村裁判官が本件決定をなすにあたり前記一に判示した裁決取消訴訟の一方の当事者である日弁連に対して原告の身分(日弁連備付けの弁護士名簿の登録の有無等)につき照会したことは当事者間に争いがない。

原告は、前記裁決取消訴訟の一方の当事者に過ぎない日弁連に対する右のような照会は、独立機関として公正に事実の取調をなすべき裁判官の義務に違背する旨主張する。しかしながら、新村裁判官の照会の内容は、前記一において判示した同裁判官のなした本件決定の理由から窺知できるように、原告が本件懲戒処分を受けたか否か及び処分がなされているとすれば、それにつき行政不服審査法、行政事件訴訟法に基づく執行停止がなされているか否かということなのであるから、右処分をなす権限を有する東京弁護士会の監督機関(弁護士法四五条)であり、かつ、右処分の取消を求める審査請求の審査庁(弁護士法五九条)である日弁連に対して右事実の有無につき照会したのは当然であって、この点につき何らの違法も過誤もない。

さらに、原告は、新村裁判官には右照会に対する日弁連の回答を鵜呑みにした過誤が存する旨主張するが、新村裁判官が本件決定をなすについて右回答書のみを唯一の資料としたものでないことは前記一に判示した同決定理由の判示自体から明らかであるから、原告の右主張も理由がない。

されば、第二の事由も採用することができない。

3  第三の事由について

原告が昭和五〇年一一月八日その所属する東京弁護士会から本件懲戒処分を受け、同月一二日その告知を受けたこと、右懲戒処分について行政不服審査法三四条又は行政事件訴訟法二五所条定の執行停止はいずれもなされていないこと、新村裁判官が本件決定の理由中において右事実を認定した上、原告が右懲戒処分により弁護士としての身分又は資格を失うにいたった旨判断していること、以上の事実は前記一に判示したとおり当事者間に争いがない。

ところで、原告は、弁護士が所属弁護士会から退会命令の懲戒処分の告知を受けた場合であっても、弁護士としての身分又は資格の喪失は右懲戒処分が確定し弁護士名簿の登録を取消されることによって始めて生ずる旨主張する。しかしながら、弁護士に対する懲戒処分は、その確定を俟たずにそれが当該弁護士に告知された時にその効力を生ずるものであって、弁護士法一七条三号の場合における弁護士名簿の登録の取消は、これによって弁護士としての身分又は資格そのものを失わしめる行為ではなく、弁護士としての身分又は資格を失っているという事実を公に証明する行為に過ぎないものと解すべきである(前掲最高裁判所昭和四二年九月二七日大法廷判決参照)。そして、弁護士法三六条、四七条によれば、弁護士は弁護士会及び日弁連に必ず入会してその会員となることを要するものとされているので、所属弁護士会から退会命令の懲戒処分の告知を受けた弁護士は、その告知と同時に同会から退会させられ会員でなくなることとなる結果、直ちに弁護士としての身分又は資格を失うのであって、仮に弁護士名簿の登録が取消されないままに残っていたとしても、もはや弁護士ではあり得ず、弁護士としての職務を行なうことはできないのである。なお、原告がその主張の根拠として引用する前掲最高裁判所昭和四三年六月二一日第二小法廷判決は、訴訟代理人である弁護士が所属弁護士会において六月の業務停止の懲戒処分を受け、その期間の満了する前に弁護士名簿の登録取消となったという事案に関するものであって、除名又は退会命令の懲戒処分が確定した場合における弁護士名簿の登録取消の効力について判断したものではないから、原告の前記主張を裏付けるものとはいえない。

従って、原告は、昭和五〇年一一月一二日その所属する東京弁護士会から本件懲戒処分の告知を受けたことによって直ちに弁護士としての身分又は資格を失うにいたったものであり、右懲戒処分について行政不服審査法三四条又は行政事件訴訟法二五条所定の執行停止がいずれもなされていない以上、原告が弁護士としての身分又は資格を失っているとしてなした前記新村裁判官の判断には何らの違法も過失もない。されば、第三の事由も採用することができない。

4  第四の事由について

まず、原告は、新村裁判官には裁判官として採るべき他の方法(請求原因4(一)に記載したとおり、川上裁判官の如く原告と話し合って乙山の刑事弁護から手を引くように勧める方法)を選択せずに漫然本件決定をなした過失がある旨主張する。しかしながら、そもそも申立とは裁判所に対して裁判を求める訴訟行為であり、刑事訴訟法八条に規定する関連事件の併合審判申立は当事者の権利として認められている場合なのであるから、右申立に対しては必ず裁判が与えられなければならないのである。従って、本件において、原告が乙山の弁護人として申立てた併合審判申立(これがその後取下又は撤回されるところとなった旨の原告の主張が失当であることは前記二1に判示したとおりである。)に対し新村裁判官が本件決定をなしたことはその職責上当然の行為であって、右行為には何らの違法も過失も存しないものというべきである。

次に、原告は、新村裁判官には本件決定の理由中において乙山をして刺激せしめ又は悪意を抱かしめるような内容を記載した過失及び乙山とは何の関係もない理由をもって却下の理由の全部とした過失がある旨主張するが、原告が右に過失として主張する事由のうち後者の事由が主張自体失当であることは論を俟たないところであり、前者の事由についても叙上において判示した認定及び判断に徴すれば、新村裁判官のなした本件決定には、その申立を却下する理由として当然示されなければならない判断がなされているだけであり、何らの違法も過失も存しないことは明らかである。

さらに、原告は、新村裁判官には本件決定の時点でその四日前に既に申立てられていた乙山本人名義の併合審判申立については決定することなくそのまま放置した過誤がある旨主張する。なるほど、既に判示したとおり、刑事訴訟法八条に規定する関連事件の併合審判申立は当事者の権利として認められている場合なのであるから、当該申立に対しては必ず裁判が与えられなければならないが、右申立が数個ある場合において、その申立に対し各別に裁判をするか、同時に裁判をするかどうかの選択は当該裁判所の合目的的な判断に委ねられているものというべきであるから。新村裁判官が乙山本人名義の併合審判申立について決定をしなかったことをもって、それが違法であるということも、同裁判官の過誤であるということもできない。

されば、第四の事由も採用の限りではない。

三  以上の次第で、新村裁判官のなした本件決定が違法である旨の原告の主張は、いずれも理由がないので、右決定が違法であることを前提とする原告の本訴請求は、爾余の点につき判断を加えるまでもなく失当として棄却を免れない。よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺昭 裁判官 増山宏 土肥章大)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例